Q&Aを再び訪れていただきありがとうございます。さて今回は
    No1:”イギリス”と”イングランド”は違う? の後日談です。

Q:なぜウェールズ旗はユニオンジャックに組み込まれていないのか?

 子供のこらから「刑事コロンボ」が大好きだったせいか細かいことが気になりだすとると夜もおちおち眠れねーんだ、といういしみねさんが調べてくれました。
   
A:ユニオンジャックにウェールズの旗はないのは、早くにイングランドに併合されたから。しかも、ウェールズ旗のレッドドラゴンが認められたのは1959年からとわりと最近になってからであるとのこと。

イングランド:セント・ジョージ旗      スコットランド:セント・アンドリュー旗
北アイルランド:セント・パトリック旗   ウェールズ:セント・デイビッド 旗?

そんな訳だが、ここで話しが終わってはつまらない。せっかくなので、すこしウェールズ旗レッドドラゴンの歴史を紐解いてみたい。

レッドドラゴンのデザインもライオンや鷲に比べるとちょっと東洋っぽいですよね。それもそのはず、アジアからもたらされたデザインなのです。

時は西暦2世紀、ほぼヨーロッパ全土を支配下におさめていたローマ帝国は小アジアへ遠征でドラゴンを知り、これをローマ軍旗とさだめた。当時ブリテン島はローマ帝国の支配下に置かれており、レットドラゴンとブリテン人はこのとき初めて出会うのである。5世紀初頭にローマ軍がブリテン島から撤退するが、それ以降も、ブリトン人はこれを自分たちの軍旗として引き続き使用することにした。

しかし、ローマ人の次はサクソン人(今のイングランド人)が白い竜の旗を掲げてやってきた。いわゆるゲルマン人大移動の一部である。ここにブリトン人(赤竜旗)とサクソン人(白竜旗)の戦いが始まる。この赤竜と白竜の戦いは多くの伝説や物語を歴史に刻むことになるが、7世紀ごろにはほぼサクソン人がブリテン島全土を支配下に置くようになる。

イングランド人の支配を受けながらも、ブリトン人のアイデンティティは完全には失われていなかった。いつしかブリテン島南西部にウェールズ王国が成立したし、ウェールズにはブリトン人の王がいつの日か復活し、赤竜旗を掲げて、白竜(イングランド人)を打ち破るという伝説が伝わっている。

その後、ウェールズの赤竜はスコットランド王家に押され、影が薄くなるが、19世紀に復活する。現在のウェールズ旗は、20世紀初頭には有名になり、1911年のエドワードのウェルズ大公叙任式で使用された。現在のウェールズ旗はエリザベス2世女王により、1959年にようやく公式に大公領(ウェールズ王国)の旗として認められた。

現在のUKはイングランド国王(いまはエリザベス女王)が、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各王国の国王を兼任するというややこしい形態をとっている。イングランドがほかの3カ国を植民地支配していると言ったほうが、実態に近いのかもしれない。

ウェールズのレッドドラゴンは歴代のジョースター家の人々のような数奇な運命をたどってきたのである。

参考サイト:http://aitech.ac.jp/~yoshiga/WALES/reddragon.html



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